日本におけるマグロ漁の歴史は、各地に点在する貝塚からある程度突き止められています。貝塚といえばその名の通り、アサリやシジミといった貝のイメージですが、マグロやカツオ等の骨も発見されています。青森県の三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)では、釣針や銛頭、マグロの骨などが出土しています。歴史上、マグロが古代から食べられ、しかも漁を行っていたというこれらの事実は、なんと縄文時代(紀元前5500年〜4000年)のものとされています。
時代はさかのぼり、時は戦国の世(16世紀頃)。
当時は「戦に勝つ=カツ」という言葉から、カツオが縁起がよいとされ、武将に好んで食されていました。同じ回遊魚であるマグロも食卓に上がっていたと考えられるのですが、17世紀では、「シビ」と呼
ばれていたマグロは、「死日」を連想させることから、縁起の悪い魚として食されなかったという記録があります。
花びらでなく、花そのものがポトリと落ちる「椿」(武士の「首」を連想させる)と同じく、迷信やゲンを重んじていた様です。
しかし、マグロを醤油に「漬ける=ヅケ」が浸透すると、消費は一気に拡大。明治時代には、日本の沿岸にマグロが近寄らなくなり、定置網ではなかなか獲ることができなくなりましたが、技術の発展により誕生した流網漁業(ながしあみ)*により回復しました。
*定置網よりも遠洋で行われる漁法で、鮪の遠洋漁業の始まりでもあります。
大正時代に「はえ縄漁業」、戦後の昭和の頃には、まき網漁業が導入され、更に効率よく漁業が行われるようになり、漁獲量は格段に増加しています。
ちなみに「現代の漁」といえば「養殖」。
「とりすぎ」「環境」といった影響から、鮪の個体数の問題に発展している背景では、まさに科学がもたらしてくれた新しい漁法であるといえます。鮪大好きな日本人にとってはとってもありがたいニュースですが、一方では鮪と人間を取り巻く環境を考えさせられるきっかけとなっています。